原油と金から剥がれた地政学プレミアム: EIA 7/1 と NFP が油価・金価の方向を定める(2026-W27)
WTI 月次 -20.8%・金 週次 -3.0%。中東和平で原油と金から地政学プレミアムが剥がれた構造を分解し、来週の EIA 在庫(7/1)と NFP が油価・金価の方向をどう定めるかを示す。
WTI 原油(NYMEX 期近・2026年8月限先物、2026-06-26 清算値 $69.23/bbl、月次約 -20.8%、週次約 -9.6%)が急落し、同じ週に金(XAU/USD)が $4,087.01(週次 -3.0%、4週連続下落)まで後退した。WTI 急落の主因はホルムズ経由の輸出回復による供給リスク・プレミアムの剥落だ。金も同じ週に下落したが、和平進展だけで全幅を説明できない。原油は物理的供給回復、金はドル・ポジション調整・安全資産需要の後退を分けて評価する。剥落の深さは構造で分かれた。原油は月次約 -20.8%、金は週次 -3.0%。来週 W27 は供給イベントが薄く、7月1日(水)の EIA 在庫と7月2日(木)の NFP が原油・金の双方に作用する金融経路の判定材料になる。
| WTI | 69.23 | -9.60% | -20.80% | +20.60% |
| BRENT | 71.99 | — | -21.96% | — |
| XAU | 4,087.01 | -3.00% | — | -6.40% |
| XAG | 58.87 | — | — | -17.80% |
| NG | 3.29 | — | +6.20% | -12.09% |
| HG | 6.21 | — | — | — |
| XPT | 1,630.60 | — | -15.43% | — |
| XPD | 1,213.00 | — | -14.61% | — |
今週の主役は米・イラン和平交渉の前進だ。ホルムズ海峡の通航障害が消え、ペルシャ湾原油輸出は戦前水準比75%まで回復した。週を通じた出荷加速が価格に先行する形で織り込まれた結果、WTI は週次約 -9.6%(6/18 清算値 $76.60 → 6/26 $69.23)、月次では約 -20.8%(5/29 $87.36 → 6/26)となった。Brent($71.99)とのスプレッドは約 $2.76 で平常域に近づいており、ホルムズ危機下で起きた地域的な価格ディスロケーションはほぼ解消している。
「在庫が強気なのに価格は下げた」週でもある。6月24日(水)発表の EIA 原油在庫は -6.088 百万バレル(予想 -4.5 百万バレルを大幅上回るドロー)だった。前々週(6/12終了週)の -8.262 百万バレルと合わせて2週連続の大幅取り崩しで、在庫水準は5年平均比 -7%(4億1,210万バレル)とタイトな位置にある。それでも EIA 発表当日を含め、価格は下げ続けた。「現在の在庫タイト」より「先行きの供給正常化期待」が価格を支配した週だ。
貴金属の内側でも方向が分かれた週だった。金は週次 -3.0% にとどまった一方、銀(YTD -17.8%)・プラチナ(月次 -15.43%)・パラジウム(月次 -14.61%)はより深い下落となった(プラチナ・パラジウムは月次比較)。地政学的な恐怖プレミアムが剥落するなかでも、通貨的逃避需要を持つ金の底堅さが産業需要型の銀・PGM との選別として出た週だ。
EIA 在庫(7/1)がビルドに転換して Phase 2 入りを数値で裏付けるか、NFP(+130K コンセンサス)後のドル方向が原油・金の金融経路にどう波及するか、貴金属内の防御的選別が持続するか。この先週からの持ち越し論点が W27 の軸になる。
| 品目 | 週次変化 | 在庫水準 | 5年平均比 |
|---|---|---|---|
| 原油(SPR除く) | -6.088 百万バレル | 4億1,210万バレル | -7% |
| ガソリン | +2.10 百万バレル | 要確認 | — |
| 留出油(ディーゼル等) | +3.10 百万バレル | 要確認 | — |
原油のドローは需要側(輸出・製油所稼働)の引き合いが残っていることを示す。ガソリン・留出油はともにビルドしており、製品需要の勢いが原油の在庫タイト感を下回っていることの状況証拠でもある。2週連続の大幅ドローにもかかわらず価格が下げ続けた構図は、「現在の在庫タイト」が「将来の供給回復期待」に圧倒されるという価格決定のメカニズムを示している。
6月7日に開催された第41回 OPEC+ 閣僚会議では、2026年12月末まで全体の生産量クォータを変更しないことが確定した。UAE 脱退後初の全体会議で、生産能力評価メカニズムも承認されている。5月・6月に続いた月次 +188千 bpd の増産ペースはこの枠組みの中での実施で、ホルムズ再開が起きても OPEC+ が追加増産に動いたわけではない。油価急落の主因は生産政策の転換ではなく供給の物理的な回復だ。次回の全体閣僚会議は2026年11月29日(第42回)で、2027年クォータが主テーマになる。8カ国グループの7月月例会合の日程は現時点で未公表。
7月1日(水)の EIA 在庫、7月2日(木)の NFP、同日の天然ガス在庫が W27 のカレンダーを占める。
7月3日(金)は NY 市場休場(独立記念日観測日)で実質4営業日週。NFP 後の薄商いで値動きが増幅されやすい点に注意が必要だ。
地政学プレミアムの2段階アンワインド
今回の原油下落は2つのフェーズで構造が変わる。
Phase 1(プレミアム減圧): 戦争で積み上がったリスク料が停戦・ホルムズ再開で剥落し、価格が紛争前の参照帯へ戻る。今週の急落の大半はここに属する。
Phase 2(ファンダ余剰レグ): プレミアムが消えたあと、残る供給回復・ドル高・需要鈍化が重なり、さらに下値を探る段階。2025年末終値 $57.42 は紛争前の参考値にすぎず、均衡価格や最大下落幅ではない。現値との差は約 $11.8/bbl。来週 EIA 在庫(7/1)が余剰仮説の最初の定量材料になる。
今週の因果連鎖はシンプルに追える。
Phase 1 の下落燃料はほぼ出尽くしに近い。WTI は既に戦前水準(2/27安値)に近づいており、剥落すべきプレミアムの大半が消えた。WTI-Brent スプレッド $2.76 が正常域にあることも、地域的なディスロケーションの解消を示している。来週「さらに下」へ延びるには Phase 2 の新材料が要る。月次 -20.8% 級の再現は、供給・金融・需要の3方向が揃って下方に向かう新規の材料なしには起きない。
来週 EIA 在庫(7/1)の読み方
| シナリオ | EIA(6/26週)の結果 | 油価の方向 |
|---|---|---|
| ビルド転換 | 供給余剰が実数で裏付く | WTI $69.23 を下抜け、紛争前参考値 $57.42 方向を意識 |
| 小幅ドロー〜横ばい | タイトだが供給期待が支配 | $69 近辺で下方バイアス付き揉み合い |
| 大幅ドロー継続 | 需要健在、Phase 2 はまだ先 | Oversold bounce で短期反発余地 |
NFP(7/2)の原油への影響は、結果の方向によって非対称になる。
強 NFP(+170K 超、失業率改善): ドル高が加速し、WTI のドル建て売り圧力が加わる。供給正常化(下方)と金融経路の下押し(下方)の二重下押しが重なる局面になる。
弱 NFP(+100K 割れ): ドル安で金融経路の下押しが和らぐ半面、需要鈍化への不安(景気懸念)が浮上する。需要懸念(下方)とドル安緩和(上方)が交錯し方向が定まりにくい。「弱 NFP なら油価が上昇する」という単純な読みは、この需要不安との相殺を見落とす。
金 $4,087.01(週次 -3.0%、4週連続下落)は、名目10年債利回りが -7bp 低下(金には上方要因)したにもかかわらず下落したため「逆相関が崩れた」と解釈されやすい。しかし 6/22〜26 の 10年 TIPS 実質利回り(DFII10)は 2.28%→2.18% へ低下しており、市場価格で測った実質金利は上昇していない。したがって今週の金下落を実質金利上昇では説明できない。
名目金利と実質金利がともに低下する中で金が下落しており、ドル高(DXY 月次 +2.48%)、地政学需要の後退、先物・ETF のポジション解消を含む別経路を検証する必要がある。ミシガン大学の長期インフレ期待(5〜10年)は 3.9%→3.4% へ低下したが、頻度・対象・市場価格との差があり、TIPS と直接差し引いて結論を出す根拠にはならない。
TIPS が低下している以上、「実質金利上昇で金下落」は成立しない。寄与分離(ドル高 / 地政学需要後退 / ポジション解消)は追加データが要る。現状で確実に言えるのは「名目金利低下だけを見て逆相関が崩れたと判断するのは早い」ことと、「実質金利上昇という代替説明もデータと合わない」ことの二つだ。
来週 NFP(7/2)の金への影響
| シナリオ | NFP の結果 | 金の方向 |
|---|---|---|
| 上振れ | +170K超、失業率改善 | ドル高・リスク選好改善を通じて $4,000 を試しやすい |
| ベース | +130K近辺 | 綱引き継続、$4,000〜$4,213 のレンジで揉み合い |
| 下振れ | +100K割れ | 金利低下と安全資産需要で $4,213 を再試しやすい |
キーレベルは $4,000(6月25日場中 $4,005 のテストを維持した心理的節目)が下値支持、$4,213(前週末6/18の逆算値)が上値抵抗、$4,368(2025年末終値 = YTDフラットライン)がその上の壁だ。
天然ガスは同じ「エネルギー」で逆方向
天然ガス($3.29/MMBtu)は月次 +6.20% と、原油(月次約 -20.8%)とは真逆の方向で動いた。天然ガスには中東供給プレミアムが乗っていない。米国内の LNG 輸出増と猛暑(7月10日まで高温予報)の需要プルが価格を引き上げた可能性がある。EIA 作業ガス在庫は2,835 Bcf(5年平均比 +152 Bcf 超過、前年比 -49 Bcf)と潤沢なのに上昇している。ただし在庫は生産・輸出・期首在庫でも決まるため、「需要主導」の断定には気温調整後需要が要る。来週 7/2 の EIA 天然ガス在庫は注入ペースの観測点になる。
貴金属の内側でも選別が見える。ただし本稿のデータは金・銀が YTD、プラチナ・パラジウムが月次であり、期間が揃っていない。したがって「金が産業型貴金属を一貫してアウトパフォームした」とまでは結論できない。金銀比 4,087.01 ÷ 58.87 = 69.4 は同一時点の相対水準として使えるが、下落の深さの順位付けには週次または月次の同一基準が必要だ。
| 指標 | 値 | 5年平均比 | 前年同期比 |
|---|---|---|---|
| 作業ガス在庫 | 2,835 Bcf | +152 Bcf(5年平均超過) | -49 Bcf(前年同期下回り) |
| 週次変化 | +76 Bcf(純注入) | — | — |
前年比 -49 Bcf(下回り)と5年平均比 +152 Bcf(超過)が同居する。EIA が直接示すのは在庫水準とその差分までであり、ここから「今年の需要が昨年より高い」と一意に導くことはできない。来週の注入量が +76 Bcf より小さいかどうかは観測点だが、猛暑 × LNG の証拠にするには気温調整後需要と供給量が要る。
金銀比は金1オンスを銀で何オンス買えるかを示す。経験則では60〜70の範囲が概ねの中央域とされる。69.4はこのレンジの上端付近で、「金が銀に対して相対的に割高(通貨的逃避需要が産業需要に対して優位)」という状況と整合する。過去に80を超えた局面(2020年コロナショック時は125超)と比べれば金の一方的な強さではなく、中間的な位置での「金 > 銀」構図だ。
銅($6.207/lb)は週次・月次・YTD の変化率データが未取得で方向を提示できない。来週の ISM 製造業 PMI(コンセンサス ~53.0、前回54.0)と中国 NBS 製造業 PMI の結果を銅の動きと合わせて確認することで、景気敏感商品の現在地を読む補完材料になる。
中東和平プレミアムの「2通貨配当」
米・イラン和平という1つの震源が、コモディティ市場に2種類のプレミアムとして作用していた。原油には「供給プレミアム」(産地リスク料)、金には「恐怖プレミアム」(安全資産需要)だ。和平進展が同時に両方から地政学リスク料を抜いた。
剥落の深さが非対称なのは構造の違いによる。原油はホルムズ再開という「物理的な供給回復」が地政学プレミアムの消滅に上乗せされた。金には供給回復という機能がない。その代わり中銀の継続的な購入需要がフロアとして機能しているとみられ、プレミアム剥落が浅く留まった可能性がある。来週以降、両アセットを動かす共通軸は NFP(7/2)→ドル・金利という金融経路に移行する。
今週の原油下落を2022年と比較すると、同じ「戦争起因のプレミアム崩壊」でも構造が異なる点が見える。2022年はロシア・ウクライナ侵攻で WTI が年央に $120超まで上昇した後、供給リルートと景気後退懸念で $70〜80台へ数四半期かけて mean-revert した。今回は数ヶ月で2/27の戦前水準まで round-trip している。供給が物理的に戻る局面(ホルムズ通航再開)は「戻り切るまで下押しが続く」性質で、2022年より剥落が速く完全に近い。先物市場が供給回復を将来の在庫積み上げとして先行して織り込み続けるため、実際の輸出量データが出るより早く価格が下押しされ続ける構造だ。その分、ここから先は「プレミアム剥落」ではなく「需給余剰」という新規材料を要する段階に入っている。
WTI $69.23 は2025年末終値 $57.42 よりなお約 $11.8/bbl 高い(YTD 約 +20.6%)。今週の崩落は紛争プレミアムの圧縮局面であり、年末終値への回帰を「均衡回帰」や「最大下落幅」として置く根拠はない。さらに下値を探るには供給・金融・需要の複数材料が下方に揃う必要がある。
| 比較軸 | 2022年下期 | 今回(2026年) |
|---|---|---|
| 起点 | ロシア侵攻で WTI $120超 | ホルムズ封鎖でプレミアム積み上がり |
| 崩落の主ドライバー | 需要破壊・景気後退懸念 | 物理的供給回復(ホルムズ再開・輸出75%) |
| 崩落のスピード | 数四半期かけて mean-revert | 数ヶ月で戦前水準に到達 |
| ドル高の寄与 | DXY 114(同方向に加速) | DXY 101.36(月次 +2.48%、下方に加わる) |
| Phase 2 への移行条件 | 需要破壊が先行していたため底打ちは景気転換待ち | 需給余剰の実数確認(EIA 在庫ビルド転換が最初の証拠) |
反証: 下方トレンド継続の弱点
コモディティの金融側下押し(ドル高)を見るとき、Fed の週次負債項目は参考になるが、因果を確定する材料ではない。Fed のバランスシート縮小(ランオフ)は 2025-12-01 に終了しており、「国債売却による QT 継続」という説明は事実に反する。H.4.1(6/24週)では準備預金が $2,951.4B(週次 -$82.0B)と減り、吸収先が TGA +$38.0B と ON RRP +$16.7B に分かれた。これは主に週次の資金移動として読むべきで、準備減少と QT は同義ではない。DXY との相関・有意性・ラグは示していない。また NY 連銀は ample reserves を固定額で定義しないとしており、「約 $3.0T まで残り $49B」という閾値表現は使わない。Warsh 新議長下の FOMC(6/17)がバランスシート関連のタスクフォースを新設した点は、今後の制度変更の観測点として残す。タイミングは次回 FOMC(7月28〜29日)待ちだ。
| 項目 | 水準 | 週次変化 |
|---|---|---|
| 準備預金 | $2,951.4B | -$82.0B |
| TGA(財務省一般口座) | $918.7B | +$38.0B |
| ON RRP(翌日物リバースレポ) | $333.6B | +$16.7B |
| 非流動性吸収合計(TGA+RRP) | $1,252.3B | — |
準備預金 $2,951.4B を2019年9月のレポ金利急騰局面と単純比較するのは行き過ぎだ。必要準備量は固定ではなく、現時点で「希少化閾値まで残りわずか」とは言えない。バランスシート政策の変更があれば、ドル建てコモディティへの金融経路の下押しが H2 にかけて緩む可能性はある。
| 日時(JST) | イベント | 確認すること |
|---|---|---|
| 6月30日(火)終日 | 中国 NBS 製造業 PMI(6月) | 原油最大需要国の景況。弱ければ Phase 2 入りを需要側から後押し |
| 6月30日(火)終日 | Q2末 FX ヘッジリバランス | 機関投資家のドル売り需要。ドル小幅安ならコモディティの短期支えになりうる |
| 7月1日(水)夜 | 米 ISM 製造業 PMI(6月) | コンセンサス ~53.0(前回54.0)。50割れで景気敏感商品に追加下押し圧力 |
| 7月1日(水)23:30 | EIA 週次石油在庫(6/26週) | Phase 1→Phase 2 移行の最初の定量証拠。ビルド転換 vs ドロー継続 |
| 7月2日(木)21:30 | NFP 雇用統計(6月) | コンセンサス +130K(前回 +172K)。ドル方向を通じて原油・金を同時に動かす |
| 7月2日(木)23:30 | EIA 週次天然ガス在庫(6/26週) | 注入ペースが鈍化するか。在庫5年平均比 +152 Bcf 超過の状況下で |
| 7月3日(金)終日 | NY 市場休場(独立記念日観測日) | 実質4営業日週。NFP 後の薄商いで値動きが増幅されやすい |
コモディティ別 月次リターン(2026年6月)