stats-01 で、8 人のバイト時給データから平均 1,543.75 円・中央値 1,125 円を計算しました。ところがこの 2 つの代表値だけでは「全員の時給が似たようなものか、H さんのようなケタ違いが混じっているか」という情報が読み取れません。「平均 1,543 円」という数字は、8 人が 1,400〜1,700 円の狭い帯に収まっていても、H さん 1 人が 4,500 円で突出していても、どちらでも同じ値を返します。この記事ではデータの「広がり」を数値で測る方法を扱います。
stats-01 が「代表値」を扱ったのに対し、本記事は「散らばりの大きさ」が主題です。次回(stats-03)は「分布の形」を扱います。
- 平均が同じでも散らばり方が違うと情報の意味が変わる、という直感的な例から入ります
- 散らばりの代表的な指標 4 つ(範囲・四分位範囲・分散・標準偏差)の定義と長所短所
- 分散の核心「なぜ二乗するのか」を平方完成で証明します。絶対値ではなく二乗を選ぶ構造的な理由
- バイト時給 8 人のデータで、分散と標準偏差を 手計算で全部追います
- 偏差をビジュアル化して、分散・標準偏差の「中身」を目で確認します
- 金融での登場場面(ボラティリティ)
- 次回 stats-03 では「分布の形」を扱い、歪度・尖度につなげます
同じ平均、違う散らばり
配達時間を想像してみましょう。「午後 1 時〜5 時の間に届く」という案内と「午後 2 時 30 分〜3 時 30 分の間に届く」という案内では、どちらが計画を立てやすいでしょうか。受取可能な時間の平均は両方とも午後 3 時ごろです。配達時刻のばらつき方がまったく違います。前者は 4 時間の幅に分布し、後者は 1 時間の幅です。
「平均が同じ」でも「散らばり方が違う」と情報の意味はまったく変わります。
同じ平均・異なる散らばり(配達時刻の例)
赤い縦線は両グループ共通の平均(15 時)です。両群の平均は同じですが、上段は平均から最大 3 時間離れる点があるのに対し、下段は最大 0.5 時間しか離れません。「平均が同じ」だけでは、データの広がりは見えません。測るには別の量が要ります。
範囲と四分位
散らばりを測る最も直接的な方法は範囲(レンジ)と四分位範囲(IQR)です。どちらも計算は速いのですが、それぞれに弱点があります。
範囲(レンジ)
最大値から最小値を引いた幅です。バイト時給 8 人のデータでは:
計算は簡単です。ただし H さんの 4,500 円を 45,000 円に変えると範囲は 44,000 円になります。データの両端の 2 点だけで決まるので、外れ値 1 つで大きく変わります。H さんが存在しなければ範囲は 300 円(1,300 − 1,000)です。外れ値に対して範囲は脆弱です。
四分位範囲(IQR)
範囲の弱点を補うのが四分位範囲(IQR: Interquartile Range)です。データを小さい順に並べたとき、下から 25% の位置にある値を 第 1 四分位数(Q1)、75% の位置を 第 3 四分位数(Q3) と呼びます。
バイト時給 8 人の場合、Q1 は下位 4 件の中央値で 1,050 円、Q3 は上位 4 件の中央値で 1,250 円((1,200+1,300)/2)です。
Q1 と Q3 の計算手順は教科書によって微妙に異なります。本記事では「感覚を掴む」ことを優先して詳細な定義の差異には踏み込みません。IQR が示すのは「真ん中 50% のデータが収まる幅」です。H さんの時給を 10 倍にしても IQR は 200 円のままです。外れ値の影響を受けない点で範囲より強固です。
ただし IQR は真ん中 50% の外側のデータを使いません。上下のばらつきが本当に等しいか、外側がどれだけ伸びているかは IQR からは読み取れません。範囲(脆弱)と IQR(鈍感)の中間で、データ全員の情報を使う指標が 分散 です。
なぜ二乗するのか
分散の式は という形をしています。なぜ二乗を選ぶのか、その理由は 3 ステップに分けて見えてきます。
ステップ 1: 偏差をそのまま足したらゼロ
「各データが平均からどのくらいずれているか」を表す量を 偏差(deviation)と呼びます。
「 番目のデータ」から「平均」を引いた差です。バイト時給 8 人で計算してみましょう。平均は 1,543.75 円です。
| 名前 | 時給 | 偏差(円) |
|---|---|---|
| A | 1,000 | −543.75 |
| B | 1,050 | −493.75 |
| C | 1,050 | −493.75 |
| D | 1,100 | −443.75 |
| E | 1,150 | −393.75 |
| F | 1,200 | −343.75 |
| G | 1,300 | −243.75 |
| H | 4,500 | +2,956.25 |
これを全部足すと:
H さんの大きなプラスが、残り 7 人の小さなマイナスの合計と相殺されて、ぴったりゼロになります。これは平均の定義から必然的に成り立つ事実です。
計算偏差の合計がゼロになることを式で確認する
平均の定義は なので、 が成り立ちます。
これは数式の上での必然であり、データが何であっても変わりません。
合計がゼロになるということは、「偏差をそのまま平均しても散らばりの情報が取れない」ということです。プラスとマイナスが打ち消し合う仕組みになっています。
ステップ 2: 絶対値を使うと
打ち消し合いを防ぐ自然な方法として、「絶対値を取る」が浮かびます。絶対値偏差の平均を 平均絶対偏差(MAD: Mean Absolute Deviation) と呼びます。
バイト時給 8 人の各偏差の絶対値を計算すると、A〜G の絶対値の合計は 543.75 + 493.75 × 2 + 443.75 + 393.75 + 343.75 + 243.75 = 2,956.25 円、H の絶対値は 2,956.25 円です。合計 5,912.50 円を 8 で割ると、MAD = 739.0625 円です。
MAD は散らばりを測れます。ただし「散らばりの中心がどこか」という問いへの答えが、絶対値と二乗で変わります。なぜ教科書は二乗を選ぶのでしょうか。
ステップ 3: 二乗を選ぶのは構造的な判断
散らばりの 2 つの測り方を比べると、どちらを使うかで「散らばりの中心」が変わります。
下のグラフは H さんを除いた 7 点のデータ(1,000〜1,300 円)を使います(H さんを含めると放物線が見づらくなるため 7 点で描画しています)。
赤線(二乗偏差の和)は 放物線 です。放物線は底が 1 点に決まります。縦軸の値が最も小さくなる点が 1 つしかなく、そこが「二乗和を最小にする基準点 」になります。
青線(絶対値偏差の和)は V字形 です。V字の谷は 1 点というより、中央値のあたりで平坦な区間を持つことがあります。データの個数や分布によっては「どこが底か」が一意に定まらないケースが出てきます。
二乗偏差の和 の最小化点が平均値になることは、中学数学の 平方完成 で確認できます。「二乗和の式を について整理すると、 のとき最小値を取る形に書き換えられる」だけの話です。
計算平方完成で「最小点 = 平均」を導く(式 3 行)
二乗和の式をそのまま展開します:
(合計 = 個数 × 平均)を使って について整理します:
と平方完成します:
第 2 項は に依存しない定数です。第 1 項 は のとき 0、それ以外では正です。よって で二乗和が最小になります。
一方で、絶対値偏差の和 を最小化すると、データが奇数個なら最小点は 中央値 に一致します。偶数個では中央 2 点の間のどこを選んでも最小値を取るので、中央値はその最小区間に含まれる代表点として扱います。
分散と標準偏差
分散(標本分散、 割り版):
記号の意味:
- : 分散を表す記号(ラテン文字を使うのは、これが「標本」から計算した量だという統計の慣例)
- : データの個数
- : 番目のデータ
- : 平均(stats-01 で導入済み)
- : 偏差の二乗
分散の単位は元のデータの単位の二乗になります。時給(円)から計算した分散は「円²」という単位です。直感的に扱いにくい単位なので、平方根を取って元の単位に戻したものが 標準偏差 です。
は「各データが平均から典型的にどのくらい離れているか」を元の単位(円)で示します。
分散の単位は元データの二乗(円²)で直感に乗りにくいため、平方根を取って元の単位に戻したのが標準偏差です。散らばりの大きさを語るときは、単位がそろう標準偏差を使うのが普通です。
なお、 で割る版(標本分散)と で割る版(不偏分散)の 2 種類があります。どちらを使うかは「何を推定したいか」によって変わります。本記事では 割り版を使い、理由は補足記事(stats-supplement-sample-vs-population-variance)で扱います。
計算(バイト時給 8 人)
バイト時給 8 人のデータで分散と標準偏差を手計算します。
データ: A=1,000 / B=1,050 / C=1,050 / D=1,100 / E=1,150 / F=1,200 / G=1,300 / H=4,500(単位: 円)
平均: 円
偏差と偏差の二乗:
| 名前 | 時給 | 偏差 (円) | 偏差の二乗(円²) |
|---|---|---|---|
| A | 1,000 | −543.75 | 295,664.0625 |
| B | 1,050 | −493.75 | 243,789.0625 |
| C | 1,050 | −493.75 | 243,789.0625 |
| D | 1,100 | −443.75 | 196,914.0625 |
| E | 1,150 | −393.75 | 155,039.0625 |
| F | 1,200 | −343.75 | 118,164.0625 |
| G | 1,300 | −243.75 | 59,414.0625 |
| H | 4,500 | +2,956.25 | 8,739,414.0625 |
| 合計 | 0(✓) | 10,052,187.5 |
偏差の合計はゼロです(合計行参照)。プラスとマイナスが打ち消し合う限り、偏差をそのまま平均しても散らばりは測れません。
分散:
標準偏差:
標準偏差約 1,121 円は「この 8 人の時給は平均から典型的に 1,121 円程度ずれる」と読めます。H さんを除いた 7 人だけなら標準偏差は約 96 円で、H さん 1 人が加わることで約 11.7 倍になります。
H さんの偏差 +2,956 円は他 7 人の偏差(最大 −544 円)の 約 5.4 倍 です。ところが偏差を 二乗 すると H さん寄与は 、A さん寄与は で 約 29 倍 に拡大します。二乗が外れ値の重みをさらに強める仕組みです。標準偏差は最後に平方根を取って戻すので、原寸に戻したように見えても、分散段階で外れ値が強く寄与した事実は消えません。「平均と中央値だけでなく、平均と標準偏差・中央値と IQR をペアで読む」のはこのためです。
偏差の可視化
下の図はバイト時給 8 人のデータ点と平均値(赤い縦線)を表示します。各点から平均への水平な距離が「偏差」、その距離の二乗が「二乗偏差」です。
各行が 1 人です。横軸は時給、縦の赤い線が平均(1,544 円)です。点から平均への水平距離が偏差で、A〜G は左側にあるので偏差はマイナス、H だけ右側でプラスです。偏差の線の太さ・濃さは絶対値の大きさに対応し、H さんの線が一番太く濃くなります(平均から最も遠い)。分散は「この距離の二乗を 8 人ぶん平均した量」、標準偏差は最後に平方根を取って単位を円に戻したものです。
偏差を「長さ」で見たので、今度は「面積」で見ます。各点の偏差を一辺とする正方形を描くと、その面積がそのまま偏差の二乗です。下の図で H さんのスライダーを動かすと、正方形が二乗で膨らみ、分散への寄与が跳ね上がるのが分かります。
触って確かめる:外れ値の「二乗」が分散をどれだけ膨らませるか
- 分散(偏差²の平均)
- 1,256,523
- 標準偏差
- 1,121 円
- H 1 人の二乗寄与
- 87%
H さん 1 人の二乗寄与は全体の約 87% です。偏差の段階では H さんは他の約 5.4 倍でしたが、二乗(面積)にすると約 29 倍に拡大し、分散のほとんどを 1 人で占めます。
金融での登場場面
株式・ポートフォリオのリターンの「ボラティリティ(volatility)」は、リターンの標準偏差です。日次リターンや年次リターンのデータに対して分散と標準偏差を計算し、「このポートフォリオは年率何 % のリターンの振れ幅を持つか」を測ります。S&P 500 の年次リターンの標準偏差は、歴史的に年率 15〜20% 程度で推移しています(NYU Stern Damodaran の 1928 年以降データでは約 18.4%)。株式リターンの計算の仕組みとボラティリティの年換算方法は、stats-practice-stock-return-volatility で扱います。
- 散らばりを測る指標は 4 つ: 範囲(脆弱)/ IQR(外れ値に鈍感だが外側情報を捨てる)/ 分散(全員参加・単位が二乗)/ 標準偏差(分散の平方根、元単位に戻る)
- 二乗を選ぶ理由: 二乗偏差の和は平方完成で に整理でき、 で一意に最小化される。「散らばりの中心」が平均と整合する
- 絶対値ではダメか: 絶対値偏差の和の最小化点は中央値で、偶数個のときは最小区間に幅が出る。一意性が崩れる
- 外れ値は分散で増幅される: 偏差 5.4 倍が二乗で 29 倍に拡大。標準偏差で平方根を取って原寸に戻しても、外れ値の寄与は消えない
- 金融では ボラティリティ = リターンの標準偏差。S&P 500 は年率約 18% 前後で推移
次回: 分布の形
次回(stats-03)はデータ全体の形を見ていきます。ヒストグラムの作り方、分布の「歪み(skewness)」と「尖り(kurtosis)」を数値で表す方法を扱います。分散・標準偏差はデータの「広がりの大きさ」を 1 つの数で要約しますが、「分布がどちら側に歪んでいるか」「中心付近が尖っているか平坦か」という形の情報は別の量を使います。