事前確率 観測データを受け取る前に事象に対して割り当てておく確率。ベイズの定理 P(A|B) = P(B|A) P(A) / P(B) の中で事後確率を計算する起点になる。 P ( A ) P(A) P ( A ) とは、観測データを受け取る前に事象 A A A に対して割り当てておく確率です。ベイズの定理 観測された結果から原因の確率を逆向きに計算する公式。事前確率と尤度から事後確率を導く、確率更新の基本道具。 で事後確率 観測したデータを受け取った後の、ある事象が成り立つ条件付き確率。事前確率 × 尤度 / 周辺確率の比でベイズの定理から計算され、観測前の確率を観測後の確率に更新する量を表す。 P ( A ∣ B ) P(A \mid B) P ( A ∣ B ) を計算するときの起点になります。
定義
ベイズの定理 は、観測 B B B を得た後に事象 A A A が起きている確率 P ( A ∣ B ) P(A \mid B) P ( A ∣ B ) を次の式で与えます。
記号の意味:
P ( A ) P(A) P ( A ) : 観測前に持っている確率 (事前確率)
P ( A ∣ B ) P(A \mid B) P ( A ∣ B ) : 観測 B B B を取り込んだ後の確率(事後確率 )
P ( B ∣ A ) P(B \mid A) P ( B ∣ A ) : A A A が起きているとき B B B が観測される確率(尤度 観測した結果 B を固定したうえで「もし原因が A だったとしたらこの B が出る確率」を表す量。条件付き確率 P(B|A) と同じ式だが、A を動かす関数として読む視点の違いから別名を持つ。ベイズの定理 P(A|B) = P(B|A) P(A) / P(B) では事後確率の分子に現れ、最大尤度推定では推定値を選ぶ基準として最大化される。 )
P ( B ) P(B) P ( B ) : B B B が観測される確率(周辺確率 同時分布から特定の変数を足し合わせて消したあとに残る、ある変数単独の確率。ベイズの定理の分母(evidence)として現れる。 )
この式の右辺に現れる P ( A ) P(A) P ( A ) が事前確率です。「観測 B B B を受け取る前に、A A A にどれだけの確率を割り当てていたか」を表しており、事後確率 P ( A ∣ B ) P(A \mid B) P ( A ∣ B ) を計算するための素材になります。
性質
観測の前後で定義が決まる : 「事前」は時間的な前後ではなく、観測 B B B を取り込む前後を指します。観測 B B B を取り込んだ瞬間に事前確率は事後確率 に切り替わります。
集団情報でも主観的信念でも設定できる : 医療検査の有病率(集団全体でのデータ集計)を使うこともできますし、専門家が経験に基づいて割り当てる確率(主観確率)を使うこともできます。
事後確率 と対をなす : 観測 B B B を受け取ると P ( A ) → P ( A ∣ B ) P(A) \to P(A \mid B) P ( A ) → P ( A ∣ B ) へと更新されます。次の観測が来ればその事後確率 が次のサイクルの事前確率になります。
取り方が変わると結果も変わる : 事前確率 P ( A ) P(A) P ( A ) の値を変えると事後確率 P ( A ∣ B ) P(A \mid B) P ( A ∣ B ) も変わります。stats-07 の医療検査例では、有病率を 1% から 50% に変えると事後確率 は 9.2% から 91% に変わります。
視覚的に見る
1×1 の矩形を縦に切り、左の赤帯が P ( A ) = 0.01 P(A) = 0.01 P ( A ) = 0.01 (病気)、右の帯が P ( ¬ A ) = 0.99 P(\lnot A) = 0.99 P ( ¬ A ) = 0.99 (健康)を表します。この赤帯の幅 が事前確率です。観測(検査結果)を取り込む前の状態では、矩形全体のどの割合が「病気」かを表すのが事前確率の幾何学的な意味です。
病気 1% 健康 99%
病気 P(A)0.01
健康 P(¬A)0.99
観測前の状態では、矩形は事前確率 P ( A ) = 0.01 P(A) = 0.01 P ( A ) = 0.01 の赤帯と、P ( ¬ A ) = 0.99 P(\lnot A) = 0.99 P ( ¬ A ) = 0.99 の灰色帯に分かれているだけです。検査陽性という観測を取り込むと、この縦帯の切り方ではなく横帯(陽性行)の中での比率を計算する操作に切り替わります。その操作を行うのがベイズの定理 で、事前確率は矩形の「初期の縦切り」として現れます。
実世界での使われ方
医療検査の有病率
国立感染症研究所の感染症発生動向調査 が把握する各疾患の有病率が、検査前の事前確率です。ある疾患の有病率が 1% であれば、無作為に選んだ 1 人が検査を受ける前の段階での P ( 病気 ) = 0.01 P(\text{病気}) = 0.01 P ( 病気 ) = 0.01 がそのまま事前確率になります。検査陽性という観測を取り込んで初めて事後確率 に更新されます。
スパム判定
メールサービス全体でスパムが受信メール全体に占める割合(たとえば 50%)が事前確率 P ( スパム ) = 0.50 P(\text{スパム}) = 0.50 P ( スパム ) = 0.50 になります。本文中の特定キーワードという観測を取り込んで事後確率 を計算する仕組みが Naive Bayes 分類器の基礎です。事前確率はキーワードを見る前の「スパムである可能性の基準線」として機能します。
金融デフォルト予測
企業の信用格付け別デフォルト発生率が事前確率の役割を果たします。BB 格企業では歴史的に年率 1.5% 程度のデフォルトが観測されており、これが P ( デフォルト ) P(\text{デフォルト}) P ( デフォルト ) の初期値です。四半期ごとの財務指標や市場 CDS スプレッドという観測を取り込んで事後確率 に更新し、引当金の水準を決める判断に使います。
気象予報のベイズ更新
気象庁の過去の天気 から算出した同月平均降水確率が事前確率になります。当日朝の気圧・湿度・衛星画像という観測を取り込むと事後確率 に更新され、それが予報として配信されます。天気予報は毎時間この更新を繰り返すため、1 時間前の事後確率 が次の時刻の事前確率になるサイクルが連続しています。
深掘り
主観的事前と客観的事前
事前確率の設定方法は大きく 2 つに分かれます。
主観的事前 (subjective prior)は、観察者の信念をそのまま確率として割り当てる立場です。de Finetti と Savage が体系化したベイズ統計の枠組みで、「このコインが歪んでいる可能性を 30% と信じる」のような確率が主観的事前になります。どんな信念でも確率の公理を満たしていれば許容されます。
客観的事前 (objective prior)は、主観を排して情報量が最小になる確率を選ぶ立場です。Jeffreys が提案した事前分布は「パラメータの単位変換に対して不変」という原理から導かれ、Bernardo による参照事前(reference prior)も同系統です。代表として一様分布(uniform prior)と Jeffreys 事前が挙げられます。
実務ではこの二分法より「情報の出所が何か」で分類する方が機能的です。過去データの集計から得た有病率は集団的情報、専門家のコンセンサスは集約された主観、不変性原理から導いた Jeffreys 事前は数学的拘束という区別です。
共役事前分布
連続パラメータを推定する場面では、事前確率は1点ではなく事前分布 (関数の形)になります。尤度関数 と掛け合わせたとき「事後分布 が事前分布と同じ分布族に留まる」事前分布のことを共役事前 (conjugate prior)と呼びます。
ベルヌーイ試行 成功確率 p で 1 か 0 を取る確率変数の分布。0<p<1 では2点に確率を持ち、p=0または1では1点に退化する。期待値は p、分散は p(1-p)。 (コイン投げ)での成功確率 p p p を推定する場合、p p p の事前分布として ベータ分布 B e t a ( α , β ) \mathrm{Beta}(\alpha, \beta) Beta ( α , β ) を選ぶと、n n n 回中 k k k 回成功という観測を取り込んだ後の事後分布 も B e t a ( α + k , β + n − k ) \mathrm{Beta}(\alpha + k,\; \beta + n - k) Beta ( α + k , β + n − k ) というベータ分布になります。
共役事前を使うと事後分布 が解析的に閉じた形で得られるため、MCMC などの数値計算が普及する前のベイズ統計の主力技法でした。現代でも解釈可能性・計算コストの面から使われています。
頻度主義との対比
頻度主義統計は「確率 = 長期相対頻度」と定義するため、コインの真の表確率などの固定したパラメータには確率を割り当てません。事前確率という概念自体が頻度主義には存在しません。
ベイズ統計は「確率 = 信念の度合い」と定義するため、パラメータにも事前確率を割り当てます。Fisher(頻度主義)と Jeffreys(客観ベイズ)の論争は 20 世紀統計学の中心的な対立でした。
現代の機械学習では、ベイズ深層学習や変分推論(variational inference)のように事前分布を明示的に活用する手法が広く使われており、頻度主義 vs ベイズ主義という対立は実用上は薄れています。
よくある誤解
「事前確率は時間的に先に得た確率」 : 違います。「事前」は観測 B B B を取り込む前後 を指します。同じデータでも「ある観測を取り込む前」か「後」かで事前確率か事後確率 かが変わります。時間的な前後とは独立 した区別です。
「事前確率はベイズ統計だけの概念」 : 半分正確です。条件付き確率 事象 B が起きたとわかったときに事象 A も起きている割合。A と B の同時確率を B の確率で割って定義され、全体を B の縦帯に絞り直してから A の比を測る操作として読める。 の定義式には P ( A ) P(A) P ( A ) が登場するため、古典的確率論にも事前確率に相当する量は存在します。ただし「データ観測前の信念として明示的に扱い、観測後に更新する」という操作をベイズ統計は正面に据えており、それが特徴的な点です。
関連する用語
事後確率 — 事前確率と対をなす。観測 B B B を取り込んだ後の確率 P ( A ∣ B ) P(A \mid B) P ( A ∣ B )
ベイズの定理 — 事前確率を事後確率 に変換する公式
尤度 — P ( B ∣ A ) P(B \mid A) P ( B ∣ A ) 。事前確率と掛け合わせて事後確率 の分子を作る
条件付き確率 — 事前・事後・尤度 すべての基盤となる概念
周辺確率 — ベイズの定理 の分母 P ( B ) P(B) P ( B )
この用語を扱う本編記事
stats-07: 条件付き確率とベイズの面積 — 節 6「事前確率と事後確率 : 情報を受け取って更新する」で P ( A ) = 0.01 → P ( A ∣ B ) = 0.092 P(A) = 0.01 \to P(A \mid B) = 0.092 P ( A ) = 0.01 → P ( A ∣ B ) = 0.092 の更新を矩形分割として展開
stats-17: ベイズ更新(Part 5、未公開)— 事前分布から事後分布 への更新を連続パラメータで扱う