標準誤差: 平均の値はどれくらい揺れるのか
同じ手順でデータを取り直したとき、平均の値そのものがどれくらい動くかを測る量が標準誤差です。観測 1 つ 1 つの散らばりとは別の量で、個数の平方根に反比例して縮みます。
同じ手順でデータを取り直したとき、平均の値そのものがどれくらい動くかを測る量が標準誤差です。観測 1 つ 1 つの散らばりとは別の量で、個数の平方根に反比例して縮みます。
同じ条件で測り直したのに、値が少し違う。この経験は誰にでもあります。体重計に何度乗っても毎回わずかに違う数字が出ますし、同じ手順で作った料理の味も毎回少しだけずれます。測り直しのたびに値が動くことは、測定の失敗ではなく、値そのものが持っている性質です。
手元に届いた 1 つの数を見て、次にどうするかを決める場面は多くあります。その数が測り直しのたびにどれくらい動くのかが分からないままでは、出てきた数字を判断の材料にしてよいのかどうかも分かりません。
ここまでの回では、データを増やせば平均が落ち着いていくことと、その背景にある性質を扱ってきました。今回のテーマは、その落ち着き具合を数として測る方法です。次の回では、そこに幅をもたせた言い方へ進みます。
平均の値がどれくらい揺れるかは、データ 1 つ 1 つの散らばりの大きさと、平均を計算するのに使った個数の多さで決まります。このうち個数のほうの寄与は直感より鈍く、量を倍にしても揺れは半分にはなりません。
まず思い浮かぶのは、データの散らばりが小さいほど平均は当てになる、という答えです。値がぴったり揃ったデータと、大きく上下するデータでは、出てくる平均の値そのものは同じでも、その値がどれくらい動きうるかは変わります。この答えは間違っていませんが、片側だけを見ています。
もう 1 つは、個数を増やせば平均は当てになる、という答えです。方向は正しいのですが、どれだけ増やせばどれだけ良くなるのかが分かりません。データを増やすには手間と時間がかかるので、増やす量と値の下がり方の対応が見えないままでは、何個集めればよいかを決められません。
散らばりと個数は、片方が大きくなったぶんをもう片方で埋め合わせられる関係です。散らばりが大きいデータでも、個数が多ければ平均の揺れは小さくできます。逆に、散らばりが小さくても個数が少なければ平均はよく動きます。
ここからの計算で使う語の意味を、先にそろえておきます。

標準誤差は、同じ条件で標本を取り直して平均を計算したとき、その平均のばらつきを標準偏差で測ったものです。
散らばりと個数という別々の答えは、1 つの量にまとめられます。それが標準誤差です。標準誤差は観測 1 つ 1 つの散らばりではなく、同じ手順で取り直したときに平均の値そのものがどれくらい動くかを測ります。
平均の値のばらつきは、観測 1 つ 1 つのばらつきと個数だけで決まり、個数の寄与は平方根の形をしています。その形は、式から出てきます。
記号を先に用意します。標本平均は と書き、 個の観測の平均を意味します。 は平均に使った観測の個数です。総和記号 は「続けて足す」という意味で、 を表します。 は母標準偏差で、観測 1 つ 1 つの散らばりの大きさです。母集団全体を対象にしたときの散らばりなので母標準偏差と呼びます。 は分散を表す記号で、散らばりを 2 乗の世界で測った量です。母標準偏差の 2 乗が母分散 にあたります。標準誤差は と書き、 は標準誤差の略記です。
標本平均は次の式で書けます。
右辺は「 個の観測を足して で割る」という手順そのものです。手順は毎回同じでも、取り直すたびに の並びは変わるので、 の値も変わります。値そのものと、値がどれくらい動くかは別の話です。
式を使う前に、前提を置きます。各観測は互いに独立で、共通の母分散 をもつとします。互いに独立とは、ある観測の値が別の観測の値を予想させる手がかりにならないことです。前の日の値が次の日の値に影響するような系列では、この前提は成り立ちません。ここからの計算は、独立性が保たれている範囲の話です。
分散の計算では、定数倍の性質と和の性質を使います。定数倍は 2 乗にして外へ出ること、互いに独立なら和の分散は分散の和になることです。2 つ目は という形で、先ほどの独立性の仮定に依存します。
足し算ができるのは分散のほうです。標準偏差のままでは、独立な観測を足したときに値がどうなるかを単純には書けません。いったん 2 乗の世界に移って足し算をし、最後に平方根で元の単位へ戻します。
この 2 つの性質を使って、平均の分散を順に変形します。
1 段目は標本平均の定義をそのまま分散に入れたものです。2 段目では、 という定数倍が 2 乗になって外へ出ています。3 段目では、独立な 個の和の分散が になることを使いました。4 段目は で約分しただけです。
ここで得たのは分散です。分散は 2 乗の世界の量なので、平方根を取って元の単位に戻します。
をそのまま割るのではなく平方根で割るのは、この往復のためです。2 乗の世界で 分の 1 になったものを平方根で戻すと、 の平方根で割った形になります。
として、この式が何を言うかを見ます。 のときの標準誤差は そのもので 2.00% です。 では 1.00%、 では 0.10% になります。観測 1 つ 1 つの散らばりは 2.00% のまま動きません。

図の読み方: n = 4 のマーカーは 1.00%、n = 100 は 0.20%、n = 400 は 0.10% で、いずれも曲線 y = 2.00/√n の値と一致しています。横軸は n の値をそのままの間隔で置いているので、n が小さいところほど減少が急で、右へ進むほど緩やかになります。この傾きの変わり方も、この 3 点で確かめられます。
を 4 倍にすると標準誤差は半分、100 倍にすると 10 分の 1 です。 では と等しく、 が大きくなるほど 0 に近づきます。個数を増やせば平均が落ち着くという前の回の結論は、この式の右辺が小さくなっていく形で表れます。ただし は母集団側の値なので、実際の場面で手元にあるとは限りません。
母標準偏差は、母集団全体を対象にしたときの散らばりです。母集団の値なので実際の場面では手元のデータだけからは分からず、代役を立てることになります。
代役は標本標準偏差 です。 は手元のデータから計算した散らばりで、式は次のとおりです。
割る数が ではなく になっているのは、平均からのずれを平均自身で測るぶんの補正です。同じデータから計算した平均を基準にすると、ずれが実物より小さく出やすいので、その分だけ割る側を減らして戻しています。補正の細かな導出はここでは扱いません。この式で計算した を の代わりに置けば、同じ形の標準誤差が得られます。それが推定標準誤差 です。
式の形は同じでも、 は母集団側の値で、 は手元のデータから計算した値です。両者を同じものとして扱えるわけではなく、 には標本ごとのぶれが乗ります。

は標本ごとに変わるため、推定標準誤差 も標本ごとに変わります。 が分かっているときの は、同じ なら毎回同じ値です。
小標本での細かな補正は本稿では扱いません。 が分からないときも、同じ形の計算がそのまま使えます。ただし、その形をそのまま当てにできるのは、章2 で置いた前提が保たれている範囲です。
ある資産の日次リターンが、標準偏差 σ = 2.00% で、各日が互いに独立だとします。n は、平均を計算するために使う日数です。ここで使う数字はすべて説明用に作った合成例で、実在の資産の観測値ではありません。
同じ σ = 2.00% のまま、n を 1 日から 400 日まで動かしたときの標準誤差を、次の表にまとめます。

「計算」の列は、σ = 2.00% を √n で割ったものです。n がすべて平方数なので √n が整数になり、値はどこも割り切れます。この列がそのまま手計算の手順になっています。
この表の値は、各日が互いに独立という仮定の下でのものです。日ごとの値が前の日の値の影響を受けるような系列では、この式をそのまま当てはめられません。ずれがどちら向きに出るかは依存の仕方によって変わるので、値が実際より大きくなるか小さくなるかはここでは決められません。
日数 1 の行は、1 日だけの平均、つまり観測そのものを指します。標準誤差が σ と等しい 2.00% になるのはそのためです。400 日分の平均では 0.10% まで下がっており、n = 1 と比べると 0.10 ÷ 2.00 = 1/20 です。同じ値は、先ほどのグラフの曲線の上にも並んでいます。
同じ条件で何度も n 日分を観測し直すと、平均日次リターンの値は標準偏差 0.20%(n = 100 の場合)でばらつきます。この 0.20% は日次リターンそのものの散らばりではなく、平均日次リターンという推定量のばらつき、つまり標準誤差の大きさです。
期間の目安も見ておきます。1 か月を 20 営業日とすると、25 営業日は 25 ÷ 20 = 1.25 か月、100 営業日は 100 ÷ 20 = 5 か月、400 営業日は 400 ÷ 20 = 20 か月です。5 か月分にあたる 100 日で 0.20%、1 年 8 か月分にあたる 400 日で 0.10% になります。
標準誤差の単位は、元のリターンと同じ % です。日次リターンの平均を計算しているので、単位は日次 % のままで、変わりません。期間を延ばしても、単位が別のものに置き換わるわけではありません。
標準誤差を半分にするには、日数を 4 倍にする必要があります。日数を 2 倍にしても、値は半分にはなりません。4 倍で半分になるのは、値が √n に反比例するためです。ただし、この換算が成り立つのは、各日が互いに独立という前提が保たれている範囲です。前の日の値が次の日の値に影響するような系列では、4 倍で半分という関係をそのまま当てにすることはできません。独立性が崩れた場合の標準誤差は、この記事の補足記事「依存がある場合の標準誤差」で扱っています。
標準誤差の読み方には、いくつかの型があります。まず、標準誤差をデータの散らばりの大きさだと読む使い方です。σ = 2.00% を固定したまま日数だけを 25 日から 400 日に増やすと、標準誤差は 0.40% から 0.10% へ下がります。日次リターンそのものの散らばりは 2.00% のままで、動いていません。
この読み方がずれているのは、測っている対象を取り違えているからです。標準誤差が測っているのは、同じ手順で取り直したときに平均の値そのものがどれくらい動くかです。同じ σ = 2.00% から 0.40% も 0.10% も出てくる、という事実がその証拠です。
もう 1 つは、標準誤差の値から、そのデータがどれくらい荒いのかを読み取ろうとする使い方です。σ = 2.00% で 25 日分の平均を取った場合の標準誤差は 0.40% です。一方、σ = 8.00% と散らばりが 4 倍大きいデータでも、400 日分の平均を取れば標準誤差は 0.40% になります。√400 = 20 なので、この場合の検算は 8.00 ÷ 20 = 0.40 です。標準誤差は同じ 0.40% ですが、データの散らばりは 4 倍違います。
標準誤差は σ に比例し √n に反比例します。そのため σ を 4 倍にしても、n を 16 倍(√n は 4 倍)にすれば値は元に戻ります。散らばりが 4 倍になる分と、個数が 16 倍になる分がちょうど相殺して、標準誤差は同じ値のままになる、という関係です。1 つの標準誤差の値から、そのデータの荒さを読み取ることはできません。
最後の型は、日数を増やせば 1 日ごとの値そのものが静かになると読む使い方です。日数を 1 日から 400 日へ増やすと、標準誤差は 2.00% から 0.10% へ下がり、縮小率は 1/20 です。この縮小の関係は、各日が互いに独立という仮定が保たれている範囲のものです。
日数を増やすことは、平均を計算する材料の個数を増やすことにほかなりません。材料が増えれば出力の揺れは減りますが、材料 1 つ 1 つの荒さは、集める日数を決めた時点で固まっていて、集めた個数では変わりません。
標準誤差が 0.40% でも、σ = 2.00% で 25 日分の平均なのか、σ = 8.00% で 400 日分の平均なのかは、値だけでは区別できません。σ と n の組を確かめないと、その数が何を意味するかは決まりません。
n = 1 のときの標準誤差は 2.00% で、これは観測そのものの散らばりと同じ値です。n = 400 では 0.10% まで下がります。この間に観測の散らばりは 2.00% のまま一度も動いていません。動いたのは平均の値の再現性だけで、2 つは別の量です。
次の回では、この量に幅をもたせた言い方を扱います。標準誤差の値から、そのまま「平均の値の幅」を語ってよいのかどうかは、まだ確かめていません。